こんにちは。 世の中にはたくさんの名曲がありますが、聴くたびに胸がぎゅっと締め付けられて、同時に、人の心の深さに触れて温かい涙があふれそうになる…そんな曲がありますよね。
さだまさしさんの「償い」は、まさにそんな一曲ではないでしょうか。
まるで一本の短編映画を見ているかのような重厚な物語。 今日は、この曲がどうやって生まれたのか、そしてあの胸を打つ歌詞にはどんな意味が込められているのか、一緒にそっとたどっていきたいと思います。
まずは公式YouTubeで聴いてみよう
何はともあれ、まずは一度聴いてみてください。
償い さだまさしオフィシャルYouTubeチャンネルより
この歌が生まれた背景 ~ある知人の「実話」~
「この曲、もしかして実話なの?」 そう感じた方も多いかもしれません。その通り、この曲はさだまさしさんの知人女性が体験した、とても辛い出来事が元になっています。
その女性は、交通事故で大切な旦那さまを亡くされました。
加害者となった男性は、遠い町から毎月、賠償金を送り続けてきたそうです。 でも、彼女にとってはそのお金が届くたびに、あの日の辛い事故を思い出してしまいます。そして、茶道や華道の先生として、経済的にも自分で立っていけるようになっていました。
そこで彼女は、ある日、その男性に手紙を書きます。 「もう、お金は送ってくださらなくて結構です」と。
さだまさしさんは、この「被害者側」である知人女性からお話を聞き、そこから発想を得て、あえて「加害者側」の視点に立ってこの「償い」という歌を作詞・作曲したのです。
歌詞の意味をたどる ~「ゆうちゃん」の物語~
歌詞を追いながら、主人公「ゆうちゃん」の心の中を見ていきましょう。
(物語のはじまり)償いの日々
月末になるとゆうちゃんは薄い給料袋の封も切らずに 必ず横町の角にある郵便局へとび込んでゆくのだった 仲間はそんな彼をみてみんな貯金が趣味のしみったれたと 飲んだ勢いで嘲笑ってもゆうちゃんはニコニコ笑うばかり
【出典】 さだまさし「償い 」 作詞・作曲:さだまさし
物語は、主人公「ゆうちゃん」の毎月の行動から始まります。 仲間たちからは「貯金が趣味のケチなやつ」とからかわれても、彼はニコニコ笑うだけ。 でも、語り手である「僕」だけは知っています。そのお金が、彼の「貯金」ではなく、重い「償い」のために消えていくことを…。
(罪と後悔)取り返しのつかない事故
配達帰りの雨の夜横断歩道の人影に ブレーキが間にあわなかった 彼はその日とても疲れてた 人殺しあんたを許さないと彼をののしった 被害者の奥さんの涙の足元で 彼はひたすら大声で泣き乍ら ただ頭を床にこすりつけるだけだった
【出典】 さだまさし「償い 」 作詞・作曲:さだまさし
彼が犯してしまった、取り返しのつかない「哀しい誤ち」。 疲れと雨の中での、交通死亡事故。 被害者の奥さんから「人殺し」とののしられ、彼はただ、泣きながら謝ることしかできませんでした。この日から、彼の人生は変わってしまいます。
(転機)七年目の手紙
それから彼は人が変わった何もかも 忘れて働いて働いて 償いきれるはずもないがせめてもと 毎月あの人に仕送りをしている
(中略)
それは事件から数えてようやく七年目に初めて あの奥さんから初めて彼宛に届いた便り
「ありがとう あなたの優しい気持ちはとてもよくわかりました だからどうぞ送金はやめて下さい あなたの文字を見る度に 主人を思い出して辛いのです あなたの気持ちはわかるけど それよりどうかもぅ あなたご自身の人生をもとに戻してあげて欲しい」
【出典】 さだまさし「償い 」 作詞・作曲:さだまさし
七年間、ただひたすらに働き、仕送りを続けるゆうちゃん。 そんな彼のもとに、初めて被害者の奥さんから手紙が届きます。 それは、拒絶でも怒りでもなく、「ありがとう」という言葉から始まる、あまりにも優しく、そして重い内容でした。
奥さんもまた、「彼の文字を見るたびに主人を思い出して辛かった」という、7年間の苦しみを抱えて生きてきたことがわかります。 そして最後は、加害者であるゆうちゃんの未来を心配する「あなたの人生を戻してあげて欲しい」という言葉で結ばれていました。
(心の解放)あふれ出す涙
手紙の中身はどうでもよかったそれよりも 償いきれるはずもないあの人から 返事が来たのがありがたくてありがたくて ありがたくてありがたくてありがたくて 神様って思わず僕は叫んでいた 彼は許されたと思っていいのですか
【出典】 さだまさし「償い 」 作詞・作曲:さだまさし
ゆうちゃんは泣き崩れます。 手紙に「許す」とは書かれていなくても、7年間、自分の存在を無視され続けてきた相手から、初めて「返事が来た」という事実。 それが、彼にとっては何よりもの「救い」であり、「許し」の光のように感じられたのです。
歌詞に込められた本当の思い
この曲の核心、さださんが一番伝えたかった思いは、最後のこのフレーズに込められています。
人間って哀しいね だってみんなやさしい それが傷つけあってかばいあって 何だかもらい泣きの涙がとまらなくて
【出典】 さだまさし「償い 」 作詞・作曲:さだまさし
事故を起こしてしまった「ゆうちゃん」も、きっと根は真面目で優しい青年だったのでしょう。 大切な人を奪われた「奥さん」も、7年という長い時間をかけて、自分を苦しめた相手の未来を願うほどの、深い優しさを持った人でした。
そんな「優しい」人たちが、たった一度の過ちによって、お互いを「加害者」と「被害者」として傷つけあい、苦しみ続けなければならない。
それが人間のどうしようもない「哀しさ」です。
でも、そんな「哀しい」生き物でありながら、最後には相手を思いやり、「かばいあい」、許そうとする「優しさ」も人間は持っている。
法律やお金だけでは決して解決できない、「心の償い」と「心の許し」。 この歌は、その尊さと重さを、静かに、でも強く私たちに問いかけてくれているように感じます。
心に響く「償い」の秘話
この曲には、その影響力の大きさを物語る、有名な「秘話」があります。 曲が発表されてからずっと後、2001年のこと。 ある傷害致死事件の裁判で、心から反省しているようには見えない加害者の少年たちに対し、裁判官が判決の後、この「償い」の歌詞を読み聞かせて諭(さと)したのです。
「この歌の若者は命がけで謝罪した。君たちはどうだ」と。
法律で裁くことには限界がある。本当に大切なのは「心からの謝罪」と「償いの気持ち」であると、裁判官も伝えたかったのでしょうね。
「償い」は、聴くたびに「もし自分がゆうちゃんだったら」「もし自分が奥さんだったら」と考えさせられる、本当に深い曲です。 人の弱さ、強さ、哀しさ、そして優しさ。そのすべてが詰まったこの歌を、これからも大切に聴き続けていきたいですね。
あなたはこの曲を聴いて、どんなことを感じましたか?

コメント