第35回 桃太郎 / 水曜日のカンパネラ

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ryou

はじめまして! このブログでは、音楽に詳しいわけではない、むしろ疎い部類である私、りょうが、世の中の有名な曲について「これってどういう歌なんだろう?」と調べたことを、のんびり雑談みたいに語っていきます。
このブログを書いていると、曲の魅力について「あれもこれも語りたい!」という気持ちでいっぱいになります。ですが、いつもぐっとこらえています。

なぜなら、この物語の主役は、素晴らしい作品と、それを聴く皆さん一人ひとりだからです。

私の解説が、皆さんが音楽から自由に何かを感じ取る楽しみの邪魔をしてはいけない。そんな想いから、あえて多くを語らず、皆さんの心の中に生まれる感想のための「余白」を大切にしています。

ぜひ、あなただけの感じ方で、音楽の世界を楽しんでみてください。

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こんにちは! 素人の音楽雑談にお越しいただきありがとうございます。

誰もが知っている昔話『桃太郎』。正義感あふれる桃太郎が、犬、サル、キジをお供に鬼退治へ行く…というのが定番ストーリーですよね。

でも、もし。 その桃太郎が、家でゲームばっかりしている現代っ子だったら?

今日は、そんな大胆な発想で日本の音楽シーンを驚かせた、水曜日のカンパネラの名曲『桃太郎』について、その魅力や歌詞に込められた深い(?)意味を、ご紹介したいと思います!

まずは公式YouTubeで聴いてみよう

何はともあれ、まずは一度聴いてみてください。

水曜日のカンパネラ『桃太郎』より

『桃太郎』ってどんな曲?(誕生の背景)

まず、この曲の基本情報から。

  • アーティスト: 水曜日のカンパネラ    
  • 作詞・作曲: ケンモチヒデフミ    
  • 発表年: 2014年    
  • 収録アルバム: 4thミニアルバム『私を鬼ヶ島に連れてって』    

ここで注目したいのが、アルバムのタイトル『私を鬼ヶ島に連れてって』です 。   

普通の『桃太郎』なら、「鬼ヶ島に行くぞ!」と自分から冒険に出かけますよね。でも、このタイトルは「誰か連れてって〜」という、なんとも他人任せな響き。

そう、この時点で、私たちが知っている勇ましいヒーロー像は崩れ始めているのです。この曲は、アルバム全体のテーマを背負う、超重要な曲として作られました 。   

誕生秘話:「きびだんご」が「ピンポン」になった!?

この曲のユニークさは、あの振り付けにも表れています。実は、あのダンスが生まれた瞬間には、こんな秘話があるんです。

振り付けを担当したのは、竹森徳芳さん。彼は曲を初めて聴いた時、「〈きっびだーん〉という歌詞が一発で頭に残った」と語っています 。   

この強烈なフレーズをどうダンスにするか? プレッシャーを感じながら、ぼーっと曲を聴いていたその時、彼の頭の中で不思議な連想ゲームが起こりました。

「きびだんご」 → 「ピンポン」    

そう、あの卓球の「ピンポン」です。桃太郎とは何の関係もありません(笑)。

このエピソードが教えてくれるのは、水曜日のカンパネラが「意味」よりも「音の響き」や「リズムの楽しさ」を大切にしている、という制作スタンスそのものなんです 。   

歌詞の「本当の意味」:ヒーローは「ニート」だった?

では、歌詞にはどんな意味が込められているのでしょうか。

私たちが知っている童謡の『桃太郎』は、「きびだんごをあげるから、鬼退治についてきて」という、目的(労働)のための「契約」の歌です 。桃太郎は、まさに「働くヒーロー」の象徴です。   

しかし、水曜日のカンパネラ版『桃太郎』は、ある批評でこう分析されています。 「『桃太郎』は実はニートの話で、現代社会を批判している」    

これが、作詞したケンモチヒデフミさんが仕掛けた「本当の意味」です 。   

考えてみてください。アルバムタイトルは『私を鬼ヶ島に連れてって』 。鬼退治という「仕事」には行かず、家でゲームばっかりしている…。   

伝統的な「働くヒーロー」像  を、あえて真逆の「働かないニート」  として描くことで、「そもそも、なんでそんなに頑張って働かないといけないの?」と、現代社会の価値観に皮肉たっぷりの疑問を投げかけているのです。   

でも、意味なんて「どうでもいい」!?

「なるほど、社会風刺だったのか…」と感心するのは、まだ早いんです。この曲の本当にスゴいところは、自ら仕掛けた「意味」すらも、どうでもよくしてしまう点にあります。

先ほどの批評  には、実はこんな続きがあります。   

「…とつまらない評論を述べるより、「きっびっだ〜ん♪ きびきびだ〜ん♪」と歌う方が楽しい」    

これこそが、ケンモチヒデフミさんが本当に伝えたかった「思い」です 。   

水曜日のカンパネラの曲は、「言葉から意味をひっぺがし、ただの音として楽しむ」  ことに本質があります。   

その証拠に、ミュージックビデオ(MV)を見てみてください。意味不明(!?)なアニメが展開されます 。   

歌詞を読んで「ニートの話かな?」と考え始めたリスナーを、MVが「そんなの関係ないよ!」と突き放す。そうやって「意味」を考えることを強制的にやめさせ、私たちを「きっびだーん」という「音」の快楽だけに引きずり込むのです。

まとめ

水曜日のカンパネラ『桃太郎』は、こんな多重構造を持った、とんでもない曲でした。

  1. 表の顔: 「きっびだーん」という、とにかく楽しい「音」の遊び 。   
  2. 裏の顔: 「ヒーロー=ニート」という、社会風刺的な「意味」 。   
  3. 本当の顔: その「意味」すらも「つまらない」と笑い飛ばし、リスナーを「音」の快楽に解放する 。   

深い「意味」を仕込みながら、最後は「意味なんてどうでもいい、楽しもうぜ!」と宣言する。この知性と遊び心こそが、水曜日のカンパネラの真骨頂と言えるでしょう。

次にこの曲を聴く時は、難しいことは考えず、ただ「きっびっだーん♪」と口ずさんでみてください。それが、この曲の一番正しい楽しみ方なのですから。

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