こんにちは!
今回は、日本のロック史に輝く伝説のバンド、THE BLUE HEARTS(ザ・ブルーハーツ)の名曲、「青空」について、その魅力の核心に迫ってみたいと思います。
1989年(平成元年)にリリースされてから、30年以上が経った今でも、まったく色あせることなく、私たちの心を強く、強く揺さぶり続けるこの曲。
ただ「優しい歌」「いい歌」という言葉だけでは片付けられない、この曲が生まれた背景と、歌詞の一つひとつに込められた、あまりにも痛切なメッセージを一緒に読み解いていきましょう。
まずは公式YouTubeで聴いてみよう
何はともあれ、まずは一度聴いてみてください。心にしみますよ。
【公式】ザ・ブルーハーツ「青空」より
誕生の背景にあった「怒り」。これは“優しい歌”なんかじゃない
ブルーハーツの曲というと、ボーカルの甲本ヒロトさんが作ることが多いのですが、この「青空」を作詞・作曲したのは、ギターの真島昌利(マーシー)さんです。
マーシーさんは、この曲について「人種差別のことを歌った歌」だと、はっきりと語っています。
この曲が生まれた1980年代後半から90年代初頭は、世の中がバブル景気で浮かれていた一方で、世界では(そして日本国内でも)人種や国籍による差別、偏見が根強く残っていました。
マーシーさんは、そんな社会の理不尽さや矛盾に対して感じていた、どうしようもない違和感や、「怒り」を、この曲の歌詞に込めたのです。
だから、この曲はどこか優しく、穏やかに聴こえますが、その根底にあるのは社会に対するまっすぐな「疑問」と「抗議」なんですね。
歌詞の世界へ。まぶしい空の下で感じる「憂うつ」
それでは、歌詞を追いながら、マーシーさんが伝えたかった想いを感じてみましょう。
ブラウン管の向う側 カッコつけた騎兵隊が インディアンを撃ち倒した ピカピカに光った銃で 出来れば僕の憂うつを 撃ち倒してくれればよかったのに
出典:THE BLUE HEARTS(ザ・ブルーハーツ)「青空」(作詞・作曲:真島昌利)
「ブラウン管」とは、昔のテレビのこと。 そのテレビの中でやっている西部劇では、「カッコつけた騎兵隊(=正義とされる側)」が、「インディアン(=先住民)」を一方的に、正義の名の もとに撃ち倒しています。
子供の頃は何も考えずに「ヒーローだ!」と応援していた騎兵隊が、大人になってよく考えたら、実は「侵略者」だったんじゃないか…? そんな、世の中の「正義」とされるものが、本当に正しいのか?という疑問が描かれています。
そして、そんな大きな社会の矛盾を前に、自分はあまりにも無力で、ただ「憂うつ」を抱えることしかできない。そんなやるせない気持ちが伝わってきます。
生まれた所や皮膚や目の色で いったいこの僕の何がわかるというのだろう
出典:THE BLUE HEARTS(ザ・ブルーハーツ)「青空」(作詞・作曲:真島昌利)
この曲の核心であり、時代を超えて突き刺さる、あまりにも有名なフレーズです。
自分がどこで生まれたか、肌の色や目の色が何色かなんて、自分では選べないこと。 それなのに、世の中はそんな「外側」だけで人間を判断し、差別し、区別する。
「そんなもので、この『僕』というたった一人の人間の、何がわかるっていうんだ!」
これは、マーシーさんの魂からの叫びであり、すべての差別に対する、最もシンプルで、最も強い抗議の言葉です。
まとめ
THE BLUE HEARTSの「青空」は、ただの綺麗な歌ではありません。 社会に存在する差別や矛盾に対する、静かな怒りと深い悲しみ、そして「人間って何なんだ?」という根本的な問いを、私たちに投げかけ続ける歌です。
「生まれた所や皮膚や目の色で」人を判断するな、というメッセージは、30年以上経った今、むしろより一層重く、私たちの心に響いてきます。
まぶしい青空を見上げるたびに、この歌を口ずさみ、歴史からの問いに自分ならどう答えるか、考えてみるのもいいかもしれませんね。

コメント