第11回 さよーならまたいつか! / 米津玄師

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ryou

はじめまして! このブログでは、音楽に詳しいわけではない、むしろ疎い部類である私、りょうが、世の中の有名な曲について「これってどういう歌なんだろう?」と調べたことを、のんびり雑談みたいに語っていきます。
このブログを書いていると、曲の魅力について「あれもこれも語りたい!」という気持ちでいっぱいになります。ですが、いつもぐっとこらえています。

なぜなら、この物語の主役は、素晴らしい作品と、それを聴く皆さん一人ひとりだからです。

私の解説が、皆さんが音楽から自由に何かを感じ取る楽しみの邪魔をしてはいけない。そんな想いから、あえて多くを語らず、皆さんの心の中に生まれる感想のための「余白」を大切にしています。

ぜひ、あなただけの感じ方で、音楽の世界を楽しんでみてください。

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こんにちは!

今回は、一度聴いたら忘れられないパワフルなメロディと、心に深く刺さる歌詞が魅力の、米津玄師さんの「さよーならまたいつか!」をじっくりと読み解いていきたいと思います。

この曲は、NHK連続テレビ小説『虎に翼』の主題歌としてもおなじみですよね。 ただ「良い曲」というだけでなく、その背景や歌詞に込められた思いを知ると、明日を生きるためのエールのように聴こえてくる、不思議な力を持った一曲なんです。

まずは公式YouTubeで聴いてみよう

何はともあれ、まずは一度聴いてみてください。

米津玄師 – さよーならまたいつか! Kenshi Yonezu – Sayonara, Mata Itsuka !より

翼が欲しかった彼女へ。曲が生まれた背景

この曲は、もちろん朝ドラ『虎に翼』のために書き下ろされました。

ドラマの主人公は、日本で初めて女性の弁護士、そして裁判官になった三淵嘉子(みぶち よしこ)さんがモデルです。女性が学ぶことも働くことも「ありえない」と言われた時代に、自らの力で道を切り拓いていった、非常にパワフルな女性です。

米津さんは、そんな彼女の人生を調べ、「どうにもならないことばかりの世の中で、少しでも軽やかに、健やかに生きていくための魔法のような言葉」が必要だと感じたそうです。

辛いことや理不尽なことに直面した時、それを真正面から受け止めて戦うだけでなく、時には「はいはい、さよーなら!」って軽やかに受け流すような強さ。そんな主人公のしなやかさを、この曲で表現しようとしたんですね。

歌詞の世界へ。困難を乗り越えるための「魔法の言葉」

それでは、歌詞を追いながら、その深い意味に触れていきましょう。

どこから春が巡り来るのか 知らず知らず大人になった 見上げた先には燕が飛んでいた 気のない顔で もしもわたしに翼があれば 願う度に悲しみに暮れた さよなら100年先でまた会いましょう 心配しないで

出典:米津玄師「さよーならまたいつか!」(作詞・作曲:米津玄師)

自由に空を飛ぶ燕を見て、「もしも私に翼があれば…」と願う主人公。 自分の置かれた不自由な状況や、思い通りにならない現実へのもどかしさが伝わってきます。

でも、この曲がすごいのは、そこで暗くならないこと。 悲しみに暮れた先に続くのは、「さよなら100年先でまた会いましょう」という、とてつもなく壮大で、どこかカラッとした別れの言葉です。

今のどうしようもない状況も、辛い現実も、一旦「さようなら!」。 100年くらい経てば、きっと笑い話になってるよ。そんな力強いメッセージを感じます。

誰かと恋に落ちて また砕けて やがて離れ離れ 口の中はたと血が滲んで 空に唾を吐く

出典:米津玄師「さよーならまたいつか!」(作詞・作曲:米津玄師)

恋や人間関係での痛み。悔しくて、思わず空に唾を吐きたくなるような理不尽さ。 そんな生々しいほどの悔しさや葛藤が、ここでは描かれています。 でも、そんな経験すらも乗り越えていく強さが、次のフレーズに繋がります。

瞬け羽を広げ 気儘に飛べ どこまでもゆけ 100年先も憶えてるかな 知らねえけれど さよーならまたいつか!

出典:米津玄師「さよーならまたいつか!」(作詞・作曲:米津玄師)

「翼が欲しい」と願っていた主人公が、今度は自らの力で「羽を広げ」「気儘に飛べ」と自分を奮い立たせます。

100年先のことなんて「知らねえけれど」という投げやりな言葉が、逆にリアルで力強いですよね。先の見えない未来を憂うより、今この瞬間を生きるんだ!という決意表明のようです。

人が宣う地獄の先にこそ わたしは春を見る (中略) 繋がれていた縄を握りしめて しかと噛みちぎる

出典:米津玄師「さよーならまたいつか!」(作詞・作曲:米津玄師)

周りが「地獄だ」と決めつけるような逆境の中にこそ、希望(春)はある。 誰かに縛り付けられていた縄(常識や偏見)も、自らの意志で「噛みちぎる」。

ここには、困難な時代を生き抜いた主人公の、誰にも屈しない反骨精神と、しなやかな強さが凝縮されています。

生まれた日からわたしでいたんだ 知らなかっただろ さよーならまたいつか!

出典:米津玄師「さよーならまたいつか!」(作詞・作曲:米津玄師)

そして、この曲の核心とも言える最後のフレーズ。 「私は、誰かに決めつけられる存在じゃない。生まれた時から、私という人間なんだ!」という、力強い自己肯定の叫びです。

日常生活で周囲に流されることはありますよね?なんでも「はい、はい」って。

しかしここでは、周りが何と言おうと、私は私。 そんな当たり前のことに気づかせてくれる、まさに「魔法の言葉」ですね。

見習いたいです。

まとめ

「さよーならまたいつか!」は、ただの別れの歌ではありません。 理不尽な現実や、過去の自分、自分を縛り付ける常識に対して、軽やかに「さよなら」を告げ、未来へ向かっていくための応援歌です。

『虎に翼』の主人公だけでなく、何かと戦っていたり、もどかしい思いを抱えていたりする現代の私たちにも、きっと響くものがあるはず。

もし辛いことがあったら、この曲を聴いて「知らねえけれど、さよーならまたいつか!」と心の中で呟いてみてください。 きっと、少しだけ心が軽くなって、また一歩前に進める勇気がもらえるはずですよ。

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